風と共に未来をつむぐ 再エネとまちづくりの融合 北海道松前町

函館空港から車で約90分の松前町は北海道の最南端に位置し、人口は約6000人です。豊かな自然と文化遺産に恵まれ、「日本さくら名所100選」にも選定されています。松前城周辺に広がる城下町の町並は重要な観光資源で、漁業ではスルメイカやクロマグロが有名です。
桜は約250種1万本あり、約1か月にわたり、お花見が楽しめる。
桜は約250種1万本あり、約1か月にわたり、お花見が楽しめる。
この松前町も多くの地方都市が直面する課題に苦悩しています。急速な人口減少、少子高齢化、主要産業である漁業の苦境。そんな松前町に新たな風を吹き込もうと、まちあすの母体である東急不動産は、風力発電事業の展開と両輪で、地域に寄り添ったまちづくりをしています。その最前線に立つ、東急不動産松前事務所所長の関口冬樹さんにお話を伺いました。

RE100を軸としたまちづくり

風力発電所は蓄電池システムの利用により、安定した電力供給を可能に
風力発電所は蓄電池システムの利用により、安定した電力供給を可能に
松前町における再エネ事業の中核は風力発電事業です。松前町は、全国有数の風況を有する地域で、特に冬季は北西からの強い季節風が吹きます。
2019年4月に運転を開始した第1期事業では、3.4MWの風車12基を設置。総発電容量40.8MWの風力発電所が、一般家庭約2万4000世帯分の年間電力消費量に相当する電力を生み出しています。さらに、18MWの大型蓄電池を併設することで、安定した電力供給を実現しています。現在進行中の第2期事業では、さらに12基の風車(各4.3MW)を設置予定で、2027年頃の運転開始を目指して現在、環境影響評価等の手続きが進められています。第1期と第2期を合わせると、総発電量は一般家庭約5万5000世帯分(渋谷区全世帯の約4割に相当)にまで拡大する見込みです。

また松前町は、RE100(事業運営に必要な電力の100%を再生可能エネルギーで賄うこと)の実現を目指しています。2018年の胆振(いぶり)東部地震で起きたブラックアウトの経験を踏まえて、非常時に風力発電した電力を町内の一部エリアに供給する地域マイクログリッドを構築し、風力発電所から直接、一般送配電網を利用して低圧需要家を含む一般需要家への電力供給を可能にする、日本初の取り組みです。現在は松前町中心部の町役場や町民総合センターなど、一般家庭53世帯を含む一部エリアを対象に2024年2月から運用開始されています。

松前町が目指すことは、地元で発電した電力を地元で消費する「電力の地産地消」を実現することです。現在、地域で発電した電力は、基本的にFIT(固定価格買取)・FIP(補助額上乗せ買取)制度により売電を行っており、松前町民への還元ができていません。それを解消するために東急不動産も松前町の取り組みをサポートし、非常時には風力発電所から直接、松前町全域に電力を供給することを目指しています。

また松前町で東急不動産は、再エネ事業で地域を活性化させるビジョンを2022年度に松前町とともに策定しました。それが「松前町スマート・シュリンクSX ビジョン」です。DX活用、地域経済の見直しによる地域循環モデルへの転換、〝風〟という資源を生かした再生可能エネルギー資源の活用、官民連携によるさまざまなプロジェクト(観光・漁業・畜産・省エネ・教育)への取り組みなどが主な柱となっています。
町章に模したビジョンのあり方を示したイラスト
町章に模したビジョンのあり方を示したイラスト

地域に寄り添いながら、盛りあげる

たとえば、教育分野では、「まつまえ未来ラボ」として、小学生から高校生までを対象に、松前町の主要産業を深く理解し、「松前町でも稼いで食べていける」というチャレンジをスタートしました。進学や就職で松前町を離れても、松前町に思いを残し続け、関わり続けられる〝Uターン環境〟を整える努力も行っています。

観光振興の面では、2022年4月からLINEを活用した実証実験にも取り組んでいます。松前町公式LINEアカウントの友だち登録を促進したところ、開始前の約2200人から、2022年12月末には9472人まで増加しました。さらに、2024年3月末時点では1万1446人にまで拡大しています。それまでは、桜を見に来る観光客の情報は分析されていませんでした。しかし、観光客の居住地や属性データを取得することで、ターゲットを絞ったプロモーション戦略の立案が可能となりました。

また、風力発電所を地域の新たな観光資源として活用する取り組みも進行中です。ReENE ウインドファーム松前と名付けられたこの取り組みでは、風車の羽下の荒廃地を農業公園として整備。遊歩道や駐車場を設置すると共に、農作物や花卉類の実証栽培、小学生向けの農業体験、高校生向けの蕎麦栽培などのイベントを実施しています。
「風をモチーフにした東屋やキャラクターのデザインを小学生と一緒に考えました。自分たちでつくったという愛着を持ってもらうことで、風力発電への理解も深まります」
松前町立松城小学校の児童たちと
松前町立松城小学校の児童たちと
さらに、2024年5月にオープンした『TENOHA松前』は、地域共生型の新事務所として注目を集めています。約500㎡、2階建ての施設には、東急不動産の松前事務所に加え、地域交流拠点としてのバス待合所ラウンジ、移住定住や主に松前町に訪れる風力発電事業従事者へのコワーキングスペースなどが併設されています。
この施設では最先端の再生可能エネルギー機器の実証実験も行われる予定です。
明るく開放的な『TENOHA 松前』。地元の拠点に。
明るく開放的な『TENOHA 松前』。地元の拠点に。

地域との信頼関係構築に手間を惜しまない

松前町において長期的に東急不動産が〝松前町企業〟として根づけるかのカギを握るのが、地域との信頼関係構築です。

「弊社には東京の都心の再開発で培ったノウハウはありますが、それをそのまま松前町に持ち込んでも信頼は得られません。地域の文脈に合わせて丁寧に対話をすることが重要です」
具体的な取り組みとして地域イベントへの積極的な参加が挙げられます。たとえば、毎年8月に開催される「商工会青年部プレミアムサマーフェスト」では、単なる協賛にとどまらず、イベントの設営や運営、片付けにまで関口さんが自ら参加しています。また、再生可能エネルギーで充電したポータブル蓄電池をイベントの照明用電源として提供するなど、事業の特性を生かした協力も行っています。
にぎわうサマーフェスの様子
にぎわうサマーフェスの様子
さらに、地元企業や学校との協働プロジェクトにも力を入れています。特産品リブランディングのほか、札幌大学の観光学部の学生や松前高校の生徒と協力してデジタル観光マップを作成する取り組みなどがその一例です。若い人、地元の人を巻き込みながらプロジェクトを実施することでメディアの注目も集め、松前町全体が盛り上がっていきます。

加えて、地元業者への発注や地元人材の活用も、信頼関係構築の重要な要素です。TENOHA松前の建設は、地元の建設会社に発注しました。
「地域が変われば、仕事の仕方や感覚には当然違いがあります。それを無視して効率重視で、私たちが慣れ親しんだ東京の基準を押しつけるのではなく、地元の技術や事情に合わせつつ、互いに学び合いながら進めることが重要でした」
このおかげで、TENOHA 松前は地元に愛される拠点となっています。

私たちは最初は、風力発電事業者としてしか見られていませんでしたが、今では〝まちづくりのパートナー〟として認識されるようになってきています」
松前町における東急不動産の取り組みは、再生可能エネルギーを軸としたまちづくりの新たなモデルケースとして注目を集めています。しかし、人口減少に歯止めをかけられるか、新たな産業をどう育成していくか、エネルギーの地産地消をいかに実現するか――。関口さんは「これらの課題解決には、長期的な視点と地域との協働が不可欠です。私は東京の人間ですが、今後も松前町の課題解決に向けて、良い意味で〝よそ者〟としての視点と着想を大切にしつつ、一方で松前町への強い愛着をもって、再エネ事業を基軸とした新たな取り組みを、地域の方を巻き込みながら仕掛けていきたいと思っています」と決意を語ります。