おさかなだお長崎2.0(後編)
地域に根ざす活動を持続可能な仕組みが支える—おさかなだお長崎の深化

前回の記事では、おさかなだお長崎の首都圏での発信活動、VTuber・メタバースを活用した新次元のコミュニティ形成、そして偶発的なつながりが生む価値創造について紹介しました。CEATEC(シーテック:Combined Exhibition of Advanced TEChnologies)でのフィッシュヘッドカレー、メタバース空間での「おさかな学園」、渋谷フェスティバルでの出店など、外に向けた活動の広がりを見てきました。

今回は一転、長崎の側に目を向け、長崎という地域に根ざした活動と、運営側の舞台裏を覗いて、このコミュニティを持続可能にしている仕組みに焦点を当てます。
歴史的建造物のリノベーション拠点での活動、教育機関との連携による人材育成、そして「楽しさ」を維持しながら持続するためのトークンを利用した工夫です。
この活動を支える東急不動産ホールディングス グループCXイノベーション推進部デジタル戦略グループ課長の岸野麻衣子さんと、コミュニティマネージャー・九十九凜(つくも・りん)さんの実体験に基づいて、おさかなだお長崎が示す新しい地方創生のモデルを、さらに深く掘り下げていきます。

長崎市内の新しい拠点「魚ん町+(うおんまちプラス)」

長崎市内、市役所のすぐ近くに、おさかなだお長崎の活動拠点となる興味深い場所があります。それが『魚ん町+』(うおんまちプラス)という施設です。
魚ん町+は、元々は「魚の町団地」という、国内に現存する最も古い公営住宅(48型)のひとつでした。終戦間もない1949年(昭24年)に竣工したこの建物は、取り壊される予定でしたが、歴史的価値が高い点が評価され、耐震性にも問題がないことが確認されたことから、民間事業者に貸し出して再活用されることになりました。
リノベーションによってシェアキッチンやギャラリー、コワーキングスペースを備え、宿泊も可能な魚ん町+として2025年4月にグランドオープン。レトロな団地が逆に新鮮味となり、大きな話題となりました。
この周辺地域には、文学的な背景もあります。イギリスのノーベル賞作家カズオ・イシグロが幼少期を過ごした長崎を舞台に綴ったデビュー作『遠い山なみの光』が2025年9月、広瀬すずさんの主演で映画化されました。その際、当時の雰囲気を知る手がかりとして、監督や俳優の皆さんが見学に訪れたという由緒ある(?)場所なのです。
こうした背景のある魚ん町+は、ワークショップや各種イベントを通して教育施設、オフィス街、住宅街を賑やかに繋ぐハブ的なスポットとして、地域住民から注目を集めています。
『魚ん町+』施設外観
『魚ん町+』施設外観
『魚ん町+』レトロな室内
『魚ん町+』レトロな室内

偶然の縁からマルシェで「おさかなリバーシ」を公開!

おさかなだお長崎が魚ん町+と接点を持ったのは、偶然の縁でした。
岸野さんは学生時代に建築を専攻しており、その頃の友人の知り合いから魚ん町+の設計を担当した若手建築家チームに繋がったのです。
そんなご縁が繋がって、おさかなだお長崎は、2025年11月16日に開催されたイベント「魚ん町マルシェ」に出店します。リバーシ(オセロ)ゲーム『のーうぉーゲーム』で、来場者の注目を集めました。
のーうぉーゲームは、ゲーム自体は、おなじみのリバーシですが、黒と白で戦うリバーシとは異なり、魚と赤潮が戦うという設定です。ボードゲームを通して長崎や魚の未来について考えるきっかけづくりにひと役買いました。

「ゲームは若者にも注目を集めやすいツールですが、それだけでは活動をPRするのは不十分。長崎の漁業を応援したいという目的に沿って〝赤潮と戦う〟というストーリー性を盛り込んだところ、養殖業者の方たちにも、おさかなだお長崎の活動の意義を理解してもらえるきっかけにできました」(岸野さん)
岸野さんは、そう成果を振り返ります。

「企画段階では『リバーシが漁業の役に立つんだろうか』という懐疑的な意見もあったのですが、養殖業者にとって深刻な課題である〝赤潮との戦い〟をゲームにして可視化することで、漁業の悩みを広く知ってもらえる可能性が理解され、地域の漁業の方々の信頼を得ることができました」(岸野さん)

ちなみに、のーうぉーげーむはオンラインゲームと、実物のふたつがあるのですが、これらを制作したのは、この記事の前編でも登場した、長崎で起業家支援を行う小池勇琉さんでした。小池さんは、元々スゴ腕のエンジニアでもあるのです。
おさかなだお長崎のメンバーには、こうしたIT技術者やAIをクリエイティブに使えるメンバーが多く、のーうぉーげーむのデザインは、打ち合わせ中に、できあがってしまうほどの手際の良さだったといいます。
のーうぉーげーむ
のーうぉーげーむ

AIでアイデアを形にする人材を育てる 「長崎バイブコーディング合宿」

おさかなだお長崎は教育分野・教育機関との連携した企画が多いのも特徴です。
2026年は、千葉工業大学の実践型講義「Web3・AI概論」の講師と共同で実施した「長崎バイブコーディング合宿」を開催。この合宿は2026年2月13日から15日までの2泊3日、長崎市茂木町にある『Nagasaki Houseぶらぶら』で開催されました。
「バイブコーディング」とは、AIに自然言語で指示を出すだけでコードを自動生成できるという最新のプログラミング手法です。手法さえわかれば、先ほどの、のーうぉーげーむのように、打ち合わせ中にゲームができてしまうほどの勢いで、「アイデアを即時に形にする」ことが可能になります。
ちなみに、ニューヨーク・タイムズ電子版が2026年1月5日に、「2026年に行くべき52カ所(52 Places to Go in 2026)」に長崎を選出したというニュースもあり、タイミングの良さから、さまざまな背景の人がこの合宿には参加することとなりました。

「おかげで、講師や参加学生はもとより多様な方々に長崎の人々の思いを聞いてもらい、『じゃあ何ができるか』をいろんな観点から考えてもらうことができました。プログラミング経験がない人でもAIを使ってアプリを作成できるので、長崎で何かしたいと思う人たちに、思いを形にする喜びと学びを提供する機会にもなりました」(岸野さん)

おさかなだお長崎が、この合宿で目指したのは、ふたつのことでした。
ひとつは「県外と長崎のフラットな交流」。
もうひとつは「(逆説的に)遠隔でもできる、という気づき」です。

「おさかなだお長崎は、全国各地のメンバーがオンラインで繋がりながら活動しているDAOコミュニティです。長崎在住の人もそうでない人も、この合宿で交流しながら共に学び、またそれぞれの日常に戻った後に『互いに離れていても、一緒にプロジェクトができる』という感覚を共有することを目指しました」(岸野さん)

合宿は、ただの観光ではなく「長崎に触れる」ことから始まりました。
漁港がある茂木地区内を巡りながら、漁業、農業、地場産業など各分野で活躍する方々から話を伺うフィールドワーク。原爆資料館での被爆80年の継承活動、地球館での国際交流の歴史、長崎の起業家やVCとの交流。さらには、稲佐山からの夜景鑑賞、ランタンフェスティバルの幻想的な街並みなどを堪能。いわば長崎の光と影を一気に学びながら、意見を活発に交わしたわけです。

「『なぜ合宿に参加したのか』の理由は人それぞれです。多様な関心と経歴のある人たちがリアルで集まり、体験を共にすることで、何かが生まれる気配が立ち上がる。そんなワクワクがいっぱいの3日間でした」(岸野さん)

実際、この合宿をきっかけに次々と新しい企画の声が聞こえているとのこと。
「AIを用いれば自分でも思いをアプリという形にできる」と実際に体験できたおかげで、九十九さんが目指す「自発的にどんどんやりたいことをやり始めるような雰囲気」が確実に育ちつつあるのです。
長崎バイブコーディング合宿の様子
長崎バイブコーディング合宿の様子
長崎バイブコーディング合宿の様子
長崎バイブコーディング合宿の様子
教育との繋がりによる地方創生人材の育成、場所にとらわれない協働体験の設計、そして、観光と学びを組み合わせた価値創造。この合宿は、おさかなだお長崎が目指す地方創生のエッセンスが盛り沢山の機会だったといえるでしょう。

コミュニティ・マネージャーの実践知が変えていくもの

おさかなだお長崎にとっての2年目、2025年度の活動は、コミュニティ・マネージャー九十九凜さんの参入によって、コミュニケーションの質は明らかに変わりつつあります。

「凜さんが入ってくれたことで、オンラインコミュニティは、とても盛り上がり始めました。みんなが楽しい気持ちになっているのがよくわかり、本当にすごいな、と思っています」(岸野さん)

「話した相手を元気にするのが特技」という九十九さんの才能が、ずばりハマったようです。九十九さんは、コミュニティに居続けることの価値を感じてもらうポイントとして、こう説明してくれました。

「会社に属していると、仕事が立ち上がる瞬間から完了まで、すべてのプロセスに係わりながら見届けるという経験は、めったにできないことだと思います。『責任をもって自分がやります』と言ったとしても、担えるパートは仕事全体の一部にすぎないというのが普通。だけど、おさかなだお長崎のようなコミュニティは違います。小さなことでも、実験的に何かを〝やりたい〟という人がいたら、その人を中心に力を貸す人たちが集まってプロジェクトを立ち上げ、終わりまで関わることができる。この特性をわかってもらえると、コミュニティ内でのメンバーの意識や行動は変わってきます。だから私の役割は、誰かから聞こえた『これをやってみたい』という声を途切れさせないようにすること。そのためにも、小さな声も必ず拾うし、自分がコミュニティ内で発言したことがメンバーにどのように伝わり、どういうポジティブな結果につながるのかという点には注意を払っています」

誰かがアイデアを出したら、しっかり反応して見落とされないようにし、実現に必要な知恵やスキルを持っていそうな方がいたら「力を貸してもらえませんか?」と水を向ける。そういう地道なコミュニケーションの積み重ねを通して、「おさかなだお長崎では、自分で発信すれば皆と協力して何かができる。そんなトライができる場なんだ」ということを体験的に理解してもらい、参加者の活動を促進することがコミュニティ・マネージャーの役割なのです。

こうしたコミュニティでは、特にベテランの社会人には、活躍のチャンスが多いはずです。というのも、同質の人たちの集団である会社にいると、自分のスキルや経験は、ありふれたもの、当たり前のもののように感じてしまいがちですが、多種多様な人たちが集まるコミュニティでは、そんなことはありません。会社では業績に直結しているか、いないか、でシビアに評価されてきた経験やスキルをコミュニティで披露した瞬間、「すばらしい経験をお持ちですね」、「すごい勉強になります」という反応がもらえることは珍しくない、と九十九さんは言います。

「社会人を10年、20年やっているような人なら、他分野の人が驚く知恵やスキルは必ず持っています。そのことに、自分で気がついていないだけです。自分の知恵やスキルに気づくことをきっかけに自信を感じたり、『自分にも何かできるかもしれない』という気持ちで次に繫がるきっかけを、このコミュニティの中で見出してほしいのです」

そう語る九十九さんは、若い世代がDAOという新しいかたちでベテラン社会人たちと交流することの意義も強調します。

「いろんなプロジェクトが立ち上がるなか、仕事の評価軸だけで物事を考えると、特に若い人は〝自分にできることはない〟と引っ込み思案になってしまうかもしれませんが、コミュニティは会社ではありません。好きな発言には〝いいね〟と反応するだけでも、相手には励みになりますから、立派な貢献なんです。ベテラン勢にとっては、若い人の声が聞こえれば、それだけで刺激になる。人それぞれ、いろんな貢献ができるんだよということもメンバーの皆さんには伝えていきたいです」
コミュニティ・マネージャー九十九凜さん
コミュニティ・マネージャー九十九凜さん

「もっと自由にやっていい」と伝えたい

九十九さんは、次の〝第3シーズン (2026年度) 〟への展望について、「もっと誰もが能動的にプロジェクトを立ち上げているようなコミュニティに盛り上げていきたい」と言います。
現在のおさかなだお長崎は、積極的なメンバーがある程度固定化されており、その人たちから立ち上がったプロジェクトに興味がある人だけ参加するという構図になってしまっているところを、九十九さんは、けっしてよしとはしていません。

「『プロジェクトに参加しているからいいよね』で留まっているメンバーが、まだ多いのは、個人的には物足りないですね。もっとみんなで楽しく盛り上がれるはずですから」 と、九十九さんは語ります。

「まさに次のシーズンへの課題だと思いますが、岸野さんや私に『こういうことはできますか?』、『こんなことをやってもいいですか?』と、その都度訊かずとも、勝手にどんどんやり始めるくらいの雰囲気が理想です」(九十九さん)

そのための規約やルールは、すでに用意されている、と九十九さんは言います。
それらを確認して、「これならできそう」、「やるならここに注意しよう」などと、それぞれが判断しながら発想を広げ、いわば〝勝手に動き出す〟くらいにアクティブなコミュニティになる方向へと促すことを、九十九さんは目指しているのです。

「これは『自由にやっていいですよ』と言葉で伝えれば済む、という話ではありません。言葉以外の方法でどうやってそれを伝えていくのかを、来期からは大事にしたいと思います。暗黙でというか、『もっと自由に動いてもいいんですよ』ということを見せていきたいです」(九十九さん)

たとえば、おさかなだお長崎の規約によれば、本人が希望すれば、SNSアカウントを共同で管理することが可能です。魚を売る仕事に関わっているなら、その知識と経験を主軸にして活動をPRしてもらうことは大歓迎なわけです。

「宣伝色が強くなり過ぎたりして、ご自身やコミュニティのマイナスになってしまうのはよくないですが、さじ加減は、チャレンジしながら体験を通して見つけていくものだと思います」(九十九さん)

九十九さんは、失敗も込みで、積極的な活動を増やしていきたいと考えているのです。

「その意味で、私の仕事って、スナックのママとか、喫茶店のマスターみたいなものだと思っています(笑)。つまり、メンバーの皆さんとの関係を深めながら、この場の常連になることの価値を高めていく役割です。メンバー同士で交流しながら〝ここには自分の人生にプラスがある〟ということに気づいてもらいたい。そうすれば、岸野さんも私も、もっと黒子に徹することができますから」

「お金で買えない体験」という報酬

〝場の価値〟というという観点からは、トークンエコノミーを活かすことも大切です。
おさかなだお長崎では、メンバーの貢献に対してNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)を付与する仕組みがありますが、その設計思想は、単なる経済的な報酬とは、根本から異なります。

DAOメンバーでもある まちあす専務理事の角南国隆さんは、こう言います。

「貯まったトークンの交換対象となるリワードを金銭換算できるようなものにしてしまうと、コミュニティへの貢献活動が時給換算されかねない。そもそも楽しいから活動しているのに、アルバイトの時給よりも低いとなると、やる気が失せる。『トークンが欲しいから活動しているわけじゃないよ』と思ってしまいます。だからといって他の人を誘う時に『ボランティアなんだけど』では誘いづらい。『トークンだけど報酬がもらえるよ』と言えることで、興味を持ってもらえそうな人に声をかけやすくなるという利点はある。となると、リワードを工夫して、お金で買えないような特別な体験や思い出に残るようなグッズにすれば楽しくなるのではないかと思うんですよね」(角南さん)

「たとえば、水産養殖の漁師さんに船に乗せてもらって養殖場を見学して、現場で刺身を食べる体験とか。おさかなだお長崎の現地見学の時に実際に体験したのですが、『40トークン溜まったら特別な体験ができる』なんてリワードがあったら、活動するのが楽しみになるじゃないかと。このような工夫で活動自体もサステナブルになっていくのではないかなあ、と思います」(角南さん)

地方創生には、ひとつの正解があるわけではありません。しかし、おさかなだお長崎の実践から学べることは多く、そしてそこには、横展開できる知見もありそうです。都市と地方の人々が楽しみながら、持続可能な形で地方を盛り立てていく。そんな新しい地方創生の可能性をおさかなだお長崎は長崎という地で実証実験していると言えます。

まちあすプロジェクトのさまざまなモデルのうち、漁業を始めとする第一産業を主軸に地方創生をめざすものには、他にも本格化を待つプロジェクトが控えています。次のシーズンに向かう、おさかなだお長崎の挑戦は、そうした他地域にも役立つ実践知を数多くもたらしているのです。