〝超高齢化先進国〟日本の未来を語る

対談
一般財団法人 日本総合研究所 会長 寺島実郎
一般社団法人 環境まちづくり支援機構 理事長 岡田正志


都市部と地方で同時進行する高齢化と過疎化による複合危機。
それらに立ち向かうにはジェロントロジー(高齢化社会工学)が必要不可欠と説く日本総合研究所の寺島実郎会長。
それには持続可能なまちづくりで備えるしかないと語る、環境まちづくり支援機構(まちあす)を立ち上げた岡田正志理事長。
ふたりが熱く語り合った、日本が進むべき道についての提言とはーー。
(左)寺島 実郎 (右)岡田 正志
(左)寺島 実郎 (右)岡田 正志
寺島 実郎
一般財団法人 日本総合研究所 会長
1947(昭和22)年、北海道生れ。1973年、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。同年三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員などを歴任。現在は一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。『21世紀未来圏 日本再生の構想』(岩波書店)『ダビデの星を見つめて』(NHK出版)、『ジェロントロジー宣言』(NHK出版新書)他、著書多数。
岡田 正志
一般社団法人 環境まちづくり支援機構 理事長
1958(昭和33)年、岡山県生れ。1982年、大阪大学工学部卒業。同年東急不動産入社。2014年、取締役常務執行役員。2020年、代表取締役社長に就任。2023年一般社団法人環境まちづくり支援機構(まちあす)を設立、理事長に就任。
寺島 日本の人口は2008年に1億2808万人でピークを迎え、現在は減少局面にあります。総務省の統計によると、2050年には65歳以上の高齢者が全人口の37.1%、じつに3人にひとり以上が高齢者になると推計されています。人口が1億人を割ると見られる2056年になると、高齢者の割合は37.6%です。日本は世界でも類を見ない速度で高齢化が進行しており、まさに「異次元の高齢化社会」を迎えようとしているのです。

こうしたなかで、地方創生や地域活性化の取り組みは欠かせません。かつて日本の人口が1億人を超えたのは1966年ですが、当時の65歳以上人口は6.6%に過ぎなかったのですから、同じ人口1億人といっても、人口構造がまったく違うわけです

岡田 私たちの母体である東急不動産は、かねてより全国各地で再生可能エネルギー事業に力を入れてきました。その開発過程で、今、ご指摘のあった地方の過疎化と高齢化の深刻さを目の当たりにして、肌で感じ、危機感を抱くようになりました。再エネ事業を通じて地方とかかわるなかで、より広範かつ長期的な視点に立った地域活性化の必要性を痛感したのです。
こうした問題意識から私たちは、2023年7月に一般社団法人環境まちづくり支援機構を立ち上げ、地方の課題解決に向けたプロジェクトをスタートさせました。

再エネ事業を皮切りに、地域の農業や産業を盛り立て、その地域を気にかけ、ときに立ち寄るような「関係人口」を、まずは増やしていきます。いきなり移住は難しくとも、その地域にかかわる人を増やしていくことで、その地域は少しずつ賑わっていくだろうと考えています。
(左)寺島 実郎 (右)岡田 正志
(左)寺島 実郎 (右)岡田 正志

都市の高齢化と地方の過疎化という二重苦

寺島 日本の高齢化は、都市部と地方で大きく様相が異なります。東京圏を見ると、高度成長期に建設されたニュータウンや団地で居住者の高齢化が一斉に進行しています。たとえば、東京を取り巻く国道16号線沿いには、1950年代から70年代にかけて開発された大規模団地が連なっています。戦後、産業が再生し、急成長していくなかで、地方から上京して就職した人たち――社会学的には「都市新中間層」と呼ばれる人たち――が住み着いたエリアです。
当初は若い世帯が多く、活気に満ちていましたが、今はその多くで高齢化率が軒並み30%を超え、居住者の高齢化と施設の老朽化が深刻な課題となっています。「異次元の高齢化」です。

一方、地方に目を向けると、若年層の流出と少子化により、より深刻な事態が進行しています。特に、東京圏から遠く離れた地域では、過疎化と高齢化が同時進行し、地域社会の維持すら困難になりつつあります。最近よく地方の町で「熊が出た」というニュースがありますが、これは地方の町が、町として持ちこたえられなくなっていることの表れのひとつといえます。
東京を中心とした都市新中間層の「異次元の高齢化」。地方における驚くべき速度で進む過疎化。人口減少がこの両輪で加速している日本で地域を活性化するとなると、相当な構想力が必要です。単に公共事業を増やすなど、地域にお金を配って「なにかまちおこしを」と奨励すれば、ことたりるという話ではまったくありません。

岡田 寺島さんが指摘されるとおり、都市部と地方では高齢化の様相が大きく異なりますが、どちらも待ったなしの課題です。
東京圏のニュータウンや団地では、高齢者の方々が安心して暮らし続けられるコミュニティの再生が急務です。単に住宅や施設のハード面を整備するだけではなく、コミュニティの絆を育み、生きがいを持って暮らせる環境といったソフト面も整えていく必要があります。

他方、地方では都市部とは異なるアプローチが求められます。過疎化が進む地域では、Uターン、Jターン、Iターンの促進など、外部から人を呼び込む施策が欠かせません。
特に、団塊の世代を中心とした都市部の「アクティブシニア」は、地方移住の有力な担い手になり得ます。かつての住まいを子育て世代に提供しつつ、自らは第二の人生を地方で過ごす。農業や観光など、これまでの経験を活かせる場を創出し、関係人口として地域を支える担い手になってもらう。そんな、都市と地方との新しい関係性を生み出すことが必要だと考えています。

災害に備えた分散型エネルギーシステム

寺島 近年、大規模災害が頻発するなかで、エネルギーの分散化と地産地消の重要性も、改めて浮き彫りになっています。2018年の北海道胆振(いぶり)東部地震では、全道ブラックアウトという未曽有の事態が発生しました。災害に強い地域社会を構築するには、自然の脅威を前提とした社会インフラの再設計も欠かせません。そのなかでも、避難所の電力確保は喫緊の課題です。

私が学長を務める多摩大学でも、キャンパスの防災拠点化に向けて、ソーラーパネルの設置と蓄電設備の導入を進めています。停電時でも必要最低限の電力を確保し、スマートフォンの充電なども含めて、情報アクセスを可能にする。こうした取り組みをひとつひとつ積み重ねていくことが、レジリエントな(耐久力のある)地域社会の実現につながると思っています。岡田さんは、こうした分散型エネルギーシステムの構築については、どうお考えですか?

岡田 災害大国である日本において、エネルギーの分散化と地産地消は国家的な課題だと認識しています。私たちの母体の東急不動産でも、全国各地の自治体と連携して、学校や公共施設の屋根にソーラーパネルを設置する事業を展開しています。発電した電力は、平時は施設で消費し、余剰分は売電する。一方、災害時には非常用電源として活用できる。こうしたシステムを構築することで、
地域のレジリエンス向上に貢献できるのでないか、と考えています。

特に力を入れているのが、北海道の松前町における取り組みです。全国有数の風況に恵まれたこの町では、大規模な風力発電事業を展開しています。そこで生み出した電力を活用して、地域マイクログリッドの構築を進めているのです。災害時に町の中心部へ電力を供給できる体制を整備することで、地域の安全・安心の確保につなげるわけです。小さな一歩ですが、再エネと防災を一体的に捉えた、先進的なモデルケースになり得ると期待しています。

問われるソーラーシェアリングの真価

寺島 再生可能エネルギーの主力として、太陽光発電への期待が高まるなか、近年「ソーラーシェアリング」というキーワードが注目を集めています。営農型の太陽光発電は、限られた土地を有効活用しながら、エネルギーと食料の地産地消を同時に実現する画期的なモデルです。

岡田 2013年に農地法の一部改正により、営農を継続しながら農地に太陽光パネルを設置することができるようになりました。当初は補助金だのみの状況でしたが、コスト低下と技術の進歩により、現在は事業性が大幅に改善しつつあります。

寺島 農業の付加価値を高めたいとなると、ブルーベリー、イチゴ、トマトのように「他と違った、高く売れる農作物を」と考えがちですが、当然、手間もコストもかかるわけで簡単にはいきません。
ただ、ソーラーシェアリングがうまく噛み合って、発電所兼農園のようなスタイルが増えていけば、こうした展開も期待しやすくなるのでは、とも思います。その意味で、いよいよソーラーシェアリングの真価が問われる局面を迎えていると感じます。
寺島 実郎
寺島 実郎
岡田 おっしゃるとおり、ソーラーシェアリングは大きな可能性を秘めていますが、同時に克服すべき課題も多い分野だと認識しています。たとえば、埼玉県東松山市では、地域の農家や自治体と緊密に連携しながら、営農型太陽光発電の事業化に取り組んでいます。高い日照量を活かしつつ、下部では水稲や野菜、ブルーベリーなどの生産も行っています。

発電した電力は、現在は髙島屋グループの髙島屋高崎店に供給しており、野菜は「東急ハーヴェストクラブ」という会員制のホテルで提供しています。ちなみに、そのホテルにはコンポスト(堆肥容器)の設置を進めています。コンポストで肥料を作り、東松山の農地に戻して活用するという循環サイクルを計画しているのです。それを周辺の市町村にも拡大していこうとしています。

寺島 それはいいですね。

岡田 はい。エネルギーと食を通した持続可能な地域活性化を体現する取り組みだと考えています。とはいえ、事業性の確保には多くの創意工夫が必要です。
ソーラーシェアリングの今後の発展のためには、地域の人々との合意形成を丁寧に行いながら、地域の目線で長期的にアプローチしていくことが肝要だと考えています。「東急不動産がもうかればいい」ではなく、地域の人に喜ばれ、地域の暮らしが楽しく、豊かになるものでなければいけません。そうした努力の先に、ソーラーシェアリングの真の価値が見えてくるのだと信じています。

リタイア層を活かすには「情報」が鍵

寺島 日本の高齢化は、大きな「可能性」でもあります。豊富な知識と経験を持ったアクティブシニアの力を、地域の活力に変えていく。その鍵を握るのが「情報」だと思います。
会社を退職したシニアの方々は、最初のうちは解放感を感じるかもしれません。でも、ある程度時間が経つと、現役時代のような社会とのつながりを求めるようになります。ただ、地域活動に参加したり、まちづくりに関わったりしたいと思っても、具体的にどうすればいいのかが、わからないことが多いと思います。そこで必要なのが、参画の「きっかけ」や「場」に関する情報なのです。シニアの方々に役立つ情報をどう整理し、どう伝えていくか。いかに興味を引き、背中を押すか。民間企業の創意工夫に大いに期待したいと思います。岡田さん、いかがでしょう?

岡田 まさに重要な指摘だと思います。シニア層の社会参画を促すには、きめ細かな情報発信と、参加のハードルを下げる仕掛けが欠かせません。若者層への取り組みでもそれは同じで、東急不動産グループでは、かねてより学生に特化した事業を展開してきました。学生向けマンションの運営などを通じて、全国の大学生とのネットワークを築いています。

寺島 「学生情報センター」ですね。学生のネットワークを十分に把握するのは大変だと思いますが、ポテンシャルを秘めた宝の山でもありますね。どう活用されるのか注目しています。

岡田 はい。そこで培った学生のネットワークを活かして、学生と地域をつなぐ取り組みに力を入れています。北海道の松前町では、学生情報センターのネットワークから募集した東京の学生が、特産品のパッケージをデザインして、年配の生産者から大変好評でした。
このような異世代交流から地域が活性化するということにも価値があると思います。

寺島 シニアへのアプローチでは、とにかく「体験してもらう」ことが重要だと思います。ニュータウンに住んでいたシニアたちが、農業体験会などに参加したことをきっかけに、急に地方生活や農業に強い関心を持ち始めることがあります。体験すると人間って変わるんですよね。
都会の人々というのは、「お金を出せば食べ物は買える」と思って生きてきた人がほとんどだと思います。自分で作ったこともなければ、その様子を見たこともないため、「米ってこうやって作るんだ」と身体で学び、身をもって知ることで、ふだん食べているものに対する考え方が、がらりと変わります。生産、加工、流通、調理という食のサイクルに関心を持ち始めると、シニアたちの間に別次元で
プロジェクトが動き始めます。ビジネス経験は豊富な人たちですから、まずは生産現場に行ってみようというところから、どうやって効率的に作ろうかとか、商品開発はどうしようとか、いろいろな知恵と体験が結びつき始めます。

岡田 東急不動産の元役員の大川氏は定年後の新しいライフスタイルとして「ワープステイ」というものを提唱しています。これはサラリーマン時代に建てた郊外の戸建て住宅を、引退したら定期借家で若いファミリーに貸す。自分たち夫婦は地方へ5年か10年移住して、その地域で農業に参加したり、いろんなコミュニティに参加したりして地域に貢献する。そして70歳、80歳になったら、元の家に戻り、終末を迎える、というライフサイクルです。これで都市の高齢者の孤独化や地方の過疎の問題は、かなり解決できると思います。
岡田 正志
岡田 正志

ニーズ起点の発想でDXを捉える

寺島 ここ数年、デジタルトランスフォーメーション(DX)への関心が急速に高まっていますが、その本質がどこまで理解されているでしょうか。日本企業の多くは、DXを単なる「既存事業のデジタル化」と捉えているように見えます。業務をデジタル化することで効率化を図る。それは間違いありませんが、DXの本当の意味はそこではないと私は考えます。
大切なのは「デジタルの産業化」。つまりデジタル技術を使って新しい価値、新しい産業を創出することです。特に、地方創生や、まちづくりの文脈では、デジタルの力を使って地域の潜在的なニーズを可視化し、解決策を導くことが求められます。そのためには、現場に飛び込んでリアルな声に耳を傾ける姿勢がなにより大切だと思います。

岡田 おっしゃるとおりだと思います。DXの本質は、技術ありきではなく、あくまでニーズ起点で考えることだと私も感じています。「まちあす」プロジェクトでも、デジタル技術を駆使しながら、地域の生の声を拾い上げ、課題解決のヒントを探ることを大切にしています。
先ほどお話しした北海道松前町の事例では、LINE を活用した実証実験を行っています。町の公式アカウントを開設し、友だち登録を呼びかける。そこから、イベント情報の発信だけでなく、ユーザーの属性や関心の分析から、より効果的な観光プロモーションにつなげていく。そんな身近なDXの活用が、地方創生の突破口になると考えています。

〝超高齢化先進国〟日本から、世界へ

寺島 繰り返しになりますが、日本の高齢化のスピードは世界でも類を見ません。2050年時点の高齢化率は、じつに約4割。前代未聞の事態に、私たちはどう立ち向かえばいいのか?
シニアが生きがいを持って活躍できる社会とは、どうあるべきか? 「人生100年時代」のまちづくりを、どう設計すべきか? 超高齢化のフロントランナーとして、日本は世界から注目されています。
さまざまな主体が知恵を出し合っていくことが必要でしょう。

岡田 超高齢化先進国で、まちづくりにかかわる民間企業の一員として、世界に先駆けた社会モデルを示すことへの責任を強く感じますね。東急不動産の原点は、まちづくりにあります。まちあすは、単なる開発事業に留まらない、住民に寄り添ったまちづくりを目指します。

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これがまちあすの考える地方創生(2)第2章「基本認識」