これが「デジタル田園都市国家構想」 その②

3.岸田首相の公約 デジタル田園都市国家構想

2021年10月に岸田政権の公約として「デジタル田園都市国家構想」が打ち出され、総理が出席する「デジタル田園都市国家構想実現会議」の場で、その具体的な検討が始まります。

ちなみに私が内閣官房の地方創生担当に異動したのは2021年夏の安倍内閣の時期でした。岸田政権に変わった当初は、デジタル田園都市国家構想の内容も判然とせず、担当部局も決まっていない状況でしたが、たちまち、「内閣官房の地方創生担当が主体となって専任事務局を作れ」、「デジタル庁とよく連携しろ」、「総理出席の会議資料をすぐ準備しろ」、と官邸から矢継ぎ早に指示が来て、大慌てになった記憶があります。

デジタル田園都市国家構想の基本的考え方は、以下のとおりです。
つまり、特定の地域を選んでピカピカのデジタル技術を入れるのではなく、すでにあるデジタル技術を横展開し、全国の様々な社会課題を解決していく、そのこと自体が成長の源泉となり、これまでのまち・ひと・しごと創生の取り組みを、さらに発展させていく、ということです。

ここで「デジタル田園都市国家構想」の「田園都市」という言葉について、少し補足的にお話します。
「田園都市」とは、産業革命の進むイギリスで、「都市の利点と農村の利点を融合させた第3の都市形態」として提唱された概念です。20世紀初めに日本にも伝わり、実業家の渋沢栄一らが設立した田園都市株式会社、また戦後、五島慶太らが主導した多摩田園都市の開発などにつながりました。
70年代に入って、当時の大平政権が、この田園都市の考え方を国家構想として取りまとめますが、地方の時代は長く続かず、人口の東京への再集中が進んで、この構想は頓挫します。現在の「デジタル田園都市国家構想」は、大平政権のこの田園都市国家構想の考え方に、非常に近いものがあります。

総理出席の会議を重ね、2022年末に、「デジタル田園都市国家構想総合戦略」がまとまりました。2023年から5か年間の、地方創生の総合戦略です。
大きく、「デジタルの力を活用した地方の社会課題解決」の部分と、それを下支えする「デジタル実装の基礎条件整備」の部分に分けられます。
前者は、「地方に仕事をつくる」「人の流れを作る」「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「魅力的な地域をつくる」の4つのパートに分かれており、後者は、基本的に国が主導する取り組みで、「デジタル基盤の整備」「デジタル人材の育成・確保」「誰一人取り残されないための取り組み」の3つに分かれています。

総合戦略の文書は300ページ以上の分厚さで、推進する施策とその担当省庁、担当課、今後5年間の工程表などが示されています。また、政策分野ごとに、主要KPI、いわば業績評価のための定量目標が明示されています。

以下では、総合戦略について、順次、ポイントを絞ってご説明してまいります。

3-1-1.デジタルの力で「地方に仕事をつくる」

地方創生で大切なことは、まず、地方に仕事を作ること、その地域が〝稼げる地域〟になることです。
主要な施策として、まず、スタートアップ・エコシステムの確立です。
官民連携で、全国にスタートアップが育ちやすい環境整備を進めることとしており、全国8カ所の拠点都市を選定しています。東京、大阪だけではなく、たとえば北海道では、札幌市と北海道大学が中心になって環境整備を進めています。

それから、地方を支えるのは、地域の中小企業であり、農林水産業であり、観光産業である、という認識の下、それぞれについての施策が盛り込まれています。

まず、中小・中堅企業のDX化。経済産業省・中小企業庁を中心に、専門人材の確保や生産性向上投資の支援、キャッシュレス決済の拡大などの施策が含まれています。

続いてスマート農林水産業・食品産業。たとえば、センサーやリモートを使った農機の遠隔操作、ドローンを活用した農薬の適量散布、アシストスーツを活用した作業の軽労化など、農林水産省を中心に、手厚い支援策があります。
水産業の関係では、「デジタル水産業戦略拠点」。資源管理から生産、加工・流通、消費まで、各段階のデジタル化をバラバラでなく地域一体的に行うという取り組みで、2027年までに5地域で実現させることになっています。

さらに観光分野のDX。観光産業は、コロナ禍で非常に厳しい状況でしたが、新型コロナの5類移行後はインバウンドも回復しつつあり、今後の一層の成長が期待されています。例として、シームレスな予約・決済が可能な地域サイトや、顧客予約管理システムの導入、旅行者の移動、宿泊などのビッグデータを用いたマーケティング、地方大学との産学連携による観光デジタル人材の育成などがあります。

3-1-2.デジタルの力で「地方への人の流れをつくる」

次に、地方への人の流れをつくること。
KPIの一つとして、地方と東京圏の転出入を2027年度に均衡させるという野心的な目標を掲げています。
地方移住促進のため、「企業の本社機能の移転」に加え、地方創生テレワークなど「転職なき移住」を進めることにしております。
都市部から地方への移住については、以前は仕事をやめて転職することが前提であったためハードルが高かったのですが、デジタル技術の活用を前提に、フルリモート勤務や兼業・副業を認める企業も増えており、〝転職しないままでの移住〟が可能になっています。地方でのサテライトオフィスの整備や企業の取り組みの支援などにより、この動きを促進しています。

また、完全な移住には至らなくても、「観光以上、定住未満」で特定の地域にずっと関わっていく「関係人口」を創出・拡大する施策も盛り込まれています。地方創生の担い手確保の観点からも重要で、具体的には、マッチングに取り組む組織の支援や全国版プラットフォームでの情報発信を行っています。
さらに、都市と地方の二拠点を行き来する「二地域居住」も推進しています。

地方大学、高校の魅力の向上も、重要な施策です。
まず、産学官連携での地方大学の振興。地域大学・地域産業創生交付金により、地域に魅力ある学びの場・雇用の場を創出しています。都市部の大学の、地方へのサテライトキャンパス設置も推進しています。
高校生の「地域留学」という、文部科学省と内閣府の連携による取り組みもあります。高校の3年間あるいは高校2年生の1年間を地方で過ごすもので、すでに全国で122校が参加しており、補助金等の支援で、毎年、参加校は増加しています。
地方の高校の魅力向上策として、その地域について学ぶ学科の設置や、そのためのコーディネーターの派遣などの施策も進められています。

3-1-3.デジタルの力で「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」

結婚・出産・子育ての希望をかなえる。
これは必ずしも地方に限った施策ではありませんが、厚生労働省やこども家庭庁を中心に、さまざまな施策が盛り込まれています。デジタル技術を積極活用しながら、総合的な少子化対策、結婚・出産・子育ての支援策を進めています。